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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)453号 判決

被控訴人 日本信販信用組合

理由

当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌して審究し、原審と同じく被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断するものであつて、その理由は、次につけ加えるほかは原判決の理由の説示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の抗弁についての判断)

一、控訴人は、まず、訴外会社の被控訴人に対する元金一五〇万円の借受金債務は、昭和四一年三月一日、弁済等により全部消滅したと主張するので按ずるに、訴外会社が右借受金元金のうち七四万円を弁済したことおよび当時訴外会社が被控訴人に対し合計八〇万円の定期預金債権等を有していたことは当事者間に争いがない。しかし、借受金残元金七六万円の債務が右定期預金債権等との相殺(差引計算の合意を含む、以下同じ。)により消滅したことを認めるべき直接の証拠としては、《証拠》中の、「訴外会社の代表者真木完吾は、控訴人の担保提供に関し仲介に立つた訴外永島福太郎に対し抵当不動産の権利証を抵当権の抹消登記に必要な書類とともに返還するにあたり『これで全部きれいになつた。』と述べていた。」との趣旨の供述部分をおいてほかにないところ、《省略》前記供述部分にあらわれた訴外会社代表者の発言は控訴人所有不動産に設定されていた抵当権が抹消のはこびとなつたことを意味するに過ぎず被担保債務に言及したものではないと解すほかないから、右供述部分をもつて採証の資となしがたく、他に控訴人の前記主張を認めるに足る直接の証拠はない。

控訴人は、被控訴人において物上保証を解除した事実および爾後被控訴人と訴外会社との取引が途絶えた事実を挙げ、右各事実は前記の本件借受金債務の消滅を推認させるものであると主張する。しかし、前者についてみれば、なるほど控訴人所有の不動産につき本件借受金債務の担保として設定されていた抵当権の登記が被控訴人の協力により抹消されたことおよび、抹消の原因が登記上「弁済」と表示されていることは当事者間に争いがないが、《証拠》を総合すれば、「被控訴人は、訴外会社に対し本件貸金一五〇万円を貸付するにあたり、控訴人に連帯保証をさせるとともに同人所有の不動産(東京都練馬区上石神井一丁目四八一番一八、宅地三〇・一八坪)につき抵当権の設定を得てその旨の登記を経由していたところ、控訴人の代理人をも兼ねた訴外会社の代表者の真木完吾から右不動産の担保を抜いてほしいと懇請されてこれに応じた次第なのであり、被控訴人としては訴外会社の前記定期預金等が貸付残債権の引当となるべきものとして前記抵当権設定契約を解約することとしたのであるが、当時右定期預金等は、被控訴人、訴外会社間の手形割引契約から生ずる債務の担保の機能も営んでいたから、右定期預金等との相殺による本件貸付金債権全部の実質的回収を即時なし得る状態にはなかつたこと、そして、前記抹消登記手続は、被控訴人から交付された委任状を使用して登記権利者(控訴人)の側において登記義務者である被控訴人の代理人をも選任のうえなしたものであり、右委任状には登記の目的として抵当権設定登記抹消の件(および所有権移転仮登記抹消の件)とのみ記載され抹消の原因が弁済である旨は記載されていなかつたこと。」が認められるから、控訴人主張の事実から抵当権の被担保債務すなわち本件借受金債務が全部消滅したことを推認することはできない。控訴人は右の点に関し禁反言の原則を主張するが、右主張はその前提を欠き失当であることが明らかである。つぎに後者につき検討するに、前掲証拠によれば、「被控訴人はかねて本件借受金の支払確保のため残元金を手形金額とする手形を訴外会社に振出させこれを一か月毎に書替えさせていたのに昭和四一年二月二八日付で書替えさせたのを最後に同年八月一三日まで書替えをなさしめた形跡がなく、他方、昭和四〇年三月以降継続していた訴外会社のための手形割引も昭和四一年三月一五日ころから同年八月一〇日ころまで中断されていた。」との事実が認められるが、《証拠》によれば、「被控訴人は、昭和四一年三月一日前認定の抵当権設定契約の解約をなすとともに残元金につき訴外会社に昭和四一年二月二八日付の手形を振出させているのであり、本件借受金は一か月七万円ないし六万円の割合による割賦弁済の約定であつたのに、抵当権設定契約を解約するに際し一時に六〇万円を弁済させていること(したがつて利息の点を除外して考えれば昭和四一年一一月末日に支払うべき分まで弁済ずみとなつた計算となる。)、そして、確実に決済される見込の手形であつたとはいえ、被控訴人は右解約の時点において合計五一万九、五〇〇円の手形を訴外会社のため割引いていたのであり、さらに、その後である昭和四一年三月一五日には三五万円の手形を割引いた(割引額の合計額は八六万九、五〇〇円に達した)こと。」が認められるから、控訴人が主張する手形書替および手形割引中断の事実から、同人のいう物上保証が解除された同年三月一日に本件借受金債務がすべて消滅していたものと推認することもできない。(なお、右取引関係が事実上解消した時点において前記定期預金等との相殺により本件借受金債務が消滅したことの主張立証はない。)

さらに控訴人は、信義則に照らし、被控訴人と訴外会社との間の貸借関係は弁済により終了したとみるべきであると主張するが、右主張は、「被控訴人は、本件貸付金元金のうち訴外会社において現実に弁済した七四万円の残元金債権は訴外会社の被控訴人に対する定期預金債権等と相殺することとし、控訴人の物上保証を解除したのであるから、右により訴外会社の本件借受金債務は消滅したとみるべく、控訴人に対する保証債務の履行の請求は許されない。」という趣旨であると解される。しかし、被控訴人と、控訴人の代理人であつた前記真木とが、抵当権設定契約を解約するに際し、本件貸付残元金の回収は前記定期預金等のみによることとし、控訴人に対し保証債務の履行を求めないことの約定が成立したこと、あるいはその旨の前提で話合いをすすめたことを認めるに足る証拠はないし、仮に右解約にあたり被控訴人は、将来右残元金債権と定期預金債権とを相殺することを予定していたとしても、後日右予定を変えて訴外会社および控訴人に対し債務の本旨にしたがつた履行を求めたからといつて信義に反すると非難されるいわれはない。そして、本件にあらわれた訴訟資料をすべて検討しても、被控訴人の本訴請求の信義則に反し許されないとの控訴人の主張を首肯させるに足る事実を認めることはできない。

二、次に控訴人は本件連帯保証契約は昭和四一年三月一日の解約により終了したと主張するが、《省略》他に右主張を認めるに足る直接の証拠はない。

そして、保証のようないわゆる人的担保が、抵当権に比較して担保力において劣ることがままあるからといつて、つねに、抵当権設定契約の解約に保証契約をも解約する旨の黙示の合意が包含されているとは解し難いのみならず、本件の場合、《証拠》によれば、担保提供者たる控訴人および同人の代理人として被控訴人との交渉にあたつた前記真木完吾らにとつて控訴人所有の不動産上の負担を取り除くことのみが関心事であつたもので、右真木は被訴控人に対しもつぱら抵当権を消滅させることを要請したものであることが認められるから、抵当権設定契約の解約に伴い当然に連帯保証契約も解約されたとみることができない。

控訴人は信義則からいつて連帯保証契約は解約されたとみるべきであると主張するが、その理由とするところは、物上保証を解除された控訴人が人的保証をも解除されたと信じたのは極めて自然のことであるから右信頼は保護さるべきであるというのであるから到底採用できるものではなく、本件全訴訟資料を検討しても被控訴人において連帯保証契約の存在を主張することを信義則違反たらしめる理由を認めることはできない。(前認定のとおり、抵当権設定契約が解約された時点においては、被控訴人が訴外会社のため割引いていた手形は確実に決済される見込であつたし、貸金残債権の額に見合う定期預金等が存在したことからすれば、控訴人において抵当権設定契約の解約とともに連帯保証契約の解約を申出たとすれば、被控訴人は連帯保証を存続させることを固執しなかつたのではないかとも推測されるが、控訴人の責任を完全に消滅させるようとりはからわなかつた点においてむしろ同人の代理人真木に落度があるというべきである。そして、物上保証をもなしていた保証人につきその物上保証のみを解除するときは保証人にその旨の通知をなすべき信義則上の要請はない。)

三、さらに控訴人は、弁済による主債務の消滅または連帯保証契約の解約の事実が認められないとしても、被控訴人の本訴請求は信義則に照らし許されないと主張するが、右主張が採用するに由ないものであることは前二項において説示したところから明らかである。

よつて控訴人の抗弁はいずれも理由がない。

(結論)

そうすると、当裁判所の判断と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 川添萬夫 秋元隆男)

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